鉈薬師:寛文9年(1669)、明国の帰化人で藩祖義直の御用医師を勤めた張振甫によって建てられた。医王堂ともいう。堂内には、本尊薬師仏を囲んで、円空作の日光、月光菩薩、十二神将像などが並ぶ。 円空が、これらを鉈一本で彫ったことから、鉈薬師と呼ばれるようになった。毎月21日、日泰寺の縁日にあわせて開扉される。
鉈神社:日泰寺の西門を出て北へ約200メートル、狭い山道をやや下った所にある。石造り文人像が出迎えてくれます。

張振甫
 明代末期の兵乱を避け寛文九年(1669)明の王侯・張振甫が100名ほどで日本へ亡命。一行のなかに漢方の権威がいて、食料に関する医学(食中毒の治療)に優れていた。徳川義直に「おかかえの医者になるように」と言われたが、それを断って庶民の医療につくした。千種区振甫町の名前は、この張振甫に由来している。
鉈薬師:もと上野村陽光院 (現千種区上野-永光院)にあった薬師堂を移したもので、医王堂ともいわれる。 堂内には像高1.2メートルの本尊薬師仏のほか、鉈彫りで有名な円空(江戸時代初期の僧)作と 伝えられる脇侍の日光・月光の二菩薩、十二神将像が安置してある。境内に、画人中林竹洞や山本梅逸らの碑がある。円空仏は毎月21日に開帳される。

山神社:白山社となっているなんとも地味だがほのぼのとしたお社です。

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