御祭神
熱田大神(あつたのおおかみ)
相殿
天照大神(あまてらすおおみかみ)
素盞鳴尊(すさのおのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
宮簀媛命(みやすひめのみこと)
建稲種命(たけいなだねのみこと)

熱田神宮の創始は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座に始まります。第12代景行天皇の御代、日本武尊は神剣を尾張氏の本拠地・名古屋市緑区大高町火上山に留め置かれたまま三重県亀山市能褒野(のぼの)でなくなられました。尊のお妃である宮簀媛命は、神剣をここ熱田の地にお祀りになられました。
 以来伊勢の神宮につぐ格別に尊いお宮として篤い崇敬をあつめ、延喜式名神大社・勅祭社に列せられ国家鎮護の神宮として特別のお取り扱いを受ける一方、「熱田さま」「宮」と呼ばれ親しまれてきました。
 2千年にわたる篤い信仰の歴史を物語るものとして、皇室を初め庶民に至る多くの崇敬者からの奉納品4千余点が、宝物館に収蔵展示されています。
 樹齢千年を越える楠をはじめとする6万坪の境内は、古来「蓬莱島(ほうらいじま)」の名で知られ、大都会の中心にありながら、静寂(せいじゃく)で四季の装いあふれる市民のオアシスとして親しまれています。
 境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余度、昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられています。


本宮(ほんぐう)
 熱田の杜奥深く鎮まります御本宮は、明治26年までは尾張造りの社殿でしたが、三種の神器奉斎の社であることから伊勢の神宮とほぼ同様の社殿配置・規模の神明造りに御改造されました。
 昭和20年3月・5月と2回の戦災を受けましたが、昭和30年10月に御造替されました。本宮の拝所は外玉垣御門(とのたまがきごもん)の前で、この御門と四尋殿を併せ拝殿と称し、東西翼廊を付設しています。
 その拝殿より御垣内を拝すると、一番奥に最も高く千木・勝男木の見える社殿が「本殿」で、熱田大神はここに鎮まります。拝殿から順に「外玉垣」「内玉垣」「瑞垣」の垣があり、垣の各南正面には御門があります。内玉垣と外玉垣との間の広場を「中重」(なかのえ)といい、正面中程に立っている鳥居を中重の鳥居といいます。例祭をはじめ祭典の多くはこの中重にて斎行されます。
正面左から、本殿をのぞむ。
巫女さんが、縞をつけていました。
正面右から、本殿をのぞむ。